7月16日放送のヨソでいわんとい亭に登場したのは有吉弘行さんの相方で、元猿岩石の森脇和成さんが登場。

森脇和成さんは、猿岩石当時のことを赤裸々に語ります。一体何を話してくれたのでしょうか。

森脇和成がブレイクするまでと衰退

猿岩石として有吉さんと共に森脇さんがブレイクしたのは1996年22歳の時。進め!電波少年のヒッチハイクの旅をきっかけにブレイク。

ヒッチハイクから帰国後にだした「白い雲のように」は113万枚のミリオンセラーでした。ヒッチハイクの旅を書いた猿岩石日記も250万部の大ヒット!

しかし、人気が下火になった2004年にコンビは解散しました。その後は森脇さんはテレビに出演することはほとんどなくなりました。

その時代の有吉さんも現在のようにブレイクするまでは、内村プロデュースという番組にでて、猫のカッコをして砂を食べてたりしてましたから…。

その当時の有吉さんは個人的にかなり好きでしたけど。

芸人時代の年収

芸人時代の森脇さんの年収はヒッチハイクに行ってる時は月収5万円だったそうです。しかしブレイクしてCDと本が売れた時にMAX月収が2000万円もあったそうです。

その2000万円は手渡しだったそうで、伊勢丹の袋に2000万円が入っていたそうです。しかもその当時は仕事が忙しく使うヒマがなかったので、どんどん貯まっていったそうです。

有吉さんと2人で近くのATMにお金を入金しに行ってたんですって。

コンビ時代の有吉との関係

元々幼なじみで小学校のころからの同級生なのだそうです。だから、照れくさくてあんまり話さないそうです。芸能界も有吉さんに誘われる形で入ったそうです。

現在はお互いの連絡先も知らないそうです。幼なじみでも、このような形になるのですね。しかし、森脇さんが街で偶然有吉さんに合った時に声をかけたということも話していたので、仲が悪いというわけではないのでしょうね。

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森脇和成は何をしている。

今はサラリーマンしているそうです。輸入卸の会社「CORIOLIS」で働いているのです。

森脇さんが働いているこの会社は下の位置にあります。

一体なぜ引退した

デビューした10年芸能界で一区切りと思った時に副業で店をしていたので。

そしてそのお店の方が自分を必要としてくれていると感じたそうで、芸人からそちらのお店の方に行ったと言った感じなのでしょうね。

森脇さんは「売れたとか売れなくなったとかよりも10年間はいい思い出」と語り、芸能界に対しては未練とかも全くないそうです。

 

芸人でブレイクしたら、その道を突き進んでいくというのも一つなのかもしれませんが、森脇さんのように自分が必要とされるところで、自分の生きたいように生きるというスタイルはいいですね。

成功すると、なかなかその世界から飛び出すのはしんどいと思ってしまいます。これをきっかけにまたテレビに出演するのかは不明ですが、ひとつにこだわらず幅広く活躍できるといいですね。

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